人の「望む最期」に向き合い続ける医師「小堀鴎一郎」

https://doctor.mynavi.jp/doctory/34/page2.htmlより

在宅医療(医療者が患者の自宅を訪問し、居宅で医療を行うこと)に力を入れている一人の医師がいる。

小堀鴎一郎(こぼり おういちろう) 81歳。(2019年時点)

埼玉県新座市の堀内病院の名誉院長として勤務している。日本を代表する小説家、森鴎外の孫にあたる。

東京大学医学部卒業後、外科医として東京大学医学部付属病院で30年、国立国際医療センター(現・国立国際医療研究センター)で10年勤務後定年を迎えるも、手術への想いを断つことができず、大学時代の同級生が設立した堀ノ内病院に勤務をする。

※国立国際医療研究センター…国の厚生労働省が管理している病院。研究開発法人として最新の医療の研究や、ナショナルセンターとして日本におけるエイズ治療の研究開発の最先端を走っている。
【公式ホームページ】https://www.ncgm.go.jp/

※堀ノ内病院…地域に根付いた医療を中心とする。365日24時間、断らない病院として救急医療を堅持している。
【公式ホームページ】http://www.horinouchi.or.jp/

経歴を見れば誰もが思うだろうが、外科医としてめざましい働きをしてきた小堀氏は、何故一線を置いた「在宅の道」へ行ったのか。

そこには彼の経験の中での「人間の死」に対する関わり方の変化が関係している。

在宅医療の出会い

小堀氏が在宅を初めて経験したのは、堀ノ内病院に勤めて2年程断った頃、同僚の小児科が退職するにあたって、二人の患者を引き継いでほしいと頼まれたことがきっかけだった。

小堀氏はここで、最先端の病院で教わってきたことと、在宅で行われる医療との違いに衝撃を受けたそうだ。

(医療技術もさることながら、全て医療の環境が整えられている病院と、設備が十分でない在宅での医療とでは、大きなギャップがあるというのは、よくある話である。)

その経験がきっかけで口コミが広がり、徐々に「寝たきりの高齢者」を診るようになっていく。

死に対する考え方との葛藤

https://www.nhk.or.jp/docudocu/program/46/2586147/index.html

小堀氏はあるインタビューで、「外科医から在宅医療に変わってから、価値観が大きく変わったか?」という質問に対し、こう話している。

“価値観の転換というよりは、一医療者としての重点の置き方が異なるのです。ただ、自分にとっては「これ(在宅医療)は俺が命をかけている医療じゃない」という認識は常にありました。最初の40年間の外科医としての生活は、もちろん、そういう時代だったからとも言えますが、個人の能力と進歩が中心で全能感の大きい世界だったわけです。一方、在宅医療というのは、簡単に言えば、ある一人の人が一番望んでいる「死に方」を、つまり「焼き肉が食べたい」「風呂に入りたい」でも何でもいい、その自分が関わった患者の一番望ましい死を実現するための支援というところに究極の目標があるとするなら、ほとんどは「負け戦」ですよ。

https://www.m3.com/open/clinical/news/article/623313/
#小堀鴎一郎 twitterより(NHK)

また、続けてこうも話している。

“息子が最後の最後まで衰弱した癌患者のお母さんを背負って、1回数十万円の免疫治療の注射を受けに部屋から車で連れて行くなんてこともあります。(在宅医療の一部は)そういう世界です。それで、母親が満足しているかは分からないですが。とはいえ、外科医としての40年間だけでなく、その後の在宅医として過ごしてきた13年間は、医師としての生涯を全うするには必要な経験だと思っています。

https://www.m3.com/open/clinical/news/article/623313/

この小堀氏のインタビューから推測するに、「生き方」だけに注力した医者ではなく「死に方」にも注力することが、医師として生涯を全うするために、経験として必要だった、ということを小堀氏は言いたかったのではないだろうか。

生と死

中国の歴史から生まれた陰陽の考え方として、陰と陽とは互いに対立する属性を持った二つの気であり、全てのものはこの二つの気が依存しあいながら形成されているという考え方がある。

つまり、「生きること」を考えることは、「死ぬこと」も考えることになる。逆もまた然りなのだ。

小堀氏ともう一人の医師、堀越洋一氏が題材となったドキュメンタリー映画、「人生をしまう時間(とき)」の中で堀越氏が話していたのは、

「ターミナルだ」※治療の望みが無い末期の患者のこと

「もうこれ以上の治療法がない」

と宣告された患者に対して、向き合うことへの苦手意識があった。という。

堀越氏は、学生時代、マザー・テレサの「死を待つ人々の家」に訪れた。

そして「ここにいる患者に何をしてあげればよいか」とマザー・テレサに尋ねたところ、「髭を剃ってあげなさい」と答えたという。

つまり、一緒にそこにいてあげるだけでいい。

ということを言われた堀越氏は、そのことに反発を覚え、医師になったといいます。

※堀越洋一…外科出身。小堀氏と同じ堀之内病院で勤務している。

※死を待つ人々の家…1952年にマザー・テレサにより、インドのカルカッタに設立された、貧困や病気で死にそうになっている人の最期を看取るための施設。―wikipedia「死を待つ人々の家」より

しかし、堀越氏は、訪問診療を含む地域医療こそが「自分の命をかけた医療」だと考えているだろうと小堀氏は言う。

生に向き合うことも、死に向き合うことも、どちらも同じことであることが、この二人の医師の「生死への捉え方」から感じ取れる。

患者の希望によって多様な医療が広がる中、「生死」に対しての考え方も変わりつつあるのではないだろうか。

小堀氏は今も在宅医療に携わり、「住み慣れた家で、最後の時を迎えたい」という患者の願いを叶えようと奔走している。

・著書「死を生きた人びと 訪問診療医と355人の患者/小堀鴎一郎/〔著〕」…最後の日々をどう生き、いかに終えるか。その希望はどうすれば叶うのか。さまざまな障壁に直面しながらも、患者に寄り添い、最期のあり方を模索する医師の書。

※在宅医療…入院、外来ではなく、患者の居宅で行う医療。医療者が往診、訪問し、適切な器具や薬剤を利用して治療する。代表的なものには、在宅酸素療法、在宅人工呼吸療法、在宅栄養補助療法(在宅中心静脈栄養療法、在宅径管径腸栄養療法)、鎮痛用の麻薬などによる在宅注射療法、訪問リハビリテーション、訪問薬剤指導、訪問栄養指導などさまざまな種類のものがある。従来は病室で行われていた内容だが、患者の希望や便宜のために広がりつつある。―https://kotobank.jp/word/在宅医療-162809

※埼玉県新座市…東京都に隣接し、都心のベッドタウンとして住宅開発が進み、新座・朝霞・志木・和光の4市で形成する朝霞地区の中で最も人口が多い。ベッドタウンだということもあり、1980年代では全国平均より高齢者の層の割合26%以上下回っていたものの、2020年度になって、全国平均とほぼ同率になり、今後も高齢者人口が増えていくと予想されている。―https://ja.wikipedia.org/wiki/新座市

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